第01話 丸い穴



 やっと涼しくなった朝だった。

昨夜遅く庭で微かな音がして目を覚ましてしまい、また野良猫が通って

いったのだろうと思い眠りの続きに入った。

 

 朝になり昨夜の出来事は夢だったと気にもかけないでいたが、庭を

見ると丸い箇所があった。

 昨夜の出来事はこれなのか。誰かが庭に丸い板を置いたのだろうな。

と思い昼頃になり、家内の声が庭からしてきた。

  「大変よ庭に穴が空いてる。落ちると大変だからなんとかしてよ。

  「それは丸い板だから心配ないよ。」

  「板じゃあないから、見にきて。」

急いで庭にいる出て妻が示している場所を確かめると丸い穴だ。 

 

家の中で見た場所だ。丸い板に見えたけど丸い穴が空いている。
  「なにこの穴は、誰が掘ったのかしら。」
昨夜の妙な音がしたと話すと

  「あらやだ、でも誰かが落ちると大変なことになるので、埋めて 

   くだいな。」

 

 穴を掘ったのなら土が周りに溜まるはずが平らで周囲に変化がない。
丸い板を置いたように見える。不思議な現象だ。
 
 ひさしぶりに好奇心が湧いてきた。穴を埋め戻す前に正体を確めた。
 
半径が20センチの丸で、穴の縁はカッターで切り取ったようだ。
 指で確かめると土の感触がなくツルツルしていて透明なパイプ

が埋められているのだろうか。

 穴を覗き込んで見た。暗くて奥を確かめることができない。
そうだ、ランプをいれて明るくしてみよう。と思い。
  「キャンプで使ったランプを持って来てくれる。それとランプを

   吊るし紐も頼むよ。」

ランプを紐で結んで穴に入れた。

 紐は4メートルほどで穴を照らしていたがその先は光が届かないで
奥を確かめることはできない。

  「もっと縄を長くしましょうかあ。」

 タープテントの固定用ロープが何本をあったのでそれを抱えてきた。

ロープを結ぶと20メートルを超える長さになった。

 穴にランプを落とさないようにテントポールにロープをくくりつけ

そろりと穴に落とした。ロープの限界までランプを入れたが奥まで届

かないで見ることはできない。

 
 穴の周りを掘れば何か分かるかも知れない。と思い小さなシャベル
で周りの土を掘り起こした。

 透明のパイプがあるだけだ。もう少し掘ればとスコップに変えた。

穴の周りに土山ができた。腕と腰が痛くなり出したが作業は続けた。

ふと気がつくと土が穴に落ちて消えていた。

 試しに大きめな石を落とした。穴の底に着けば音がするはずだが、

何も聞こえてこない。

  「変な穴だね。危ないからそこの植木鉢で蓋をしておこうか。」

 

 あれから数日が経って穴のことは忘れていた。

  「ねえ、あの穴にゴミを入れたらどうかしら。」

  「そうだなあ何かで読んだ現象かもしれないな。穴をゴミ捨て

   場に使うと、未来にその穴の出口があってバラバラと空から

   ゴミが落ちてくる話だったなあ。」

  「それ知ってる。未来にゴミが出てから考えません。」

ひと月ほど穴はゴミ捨て場になった。

  「うちだけがあの穴をゴミ捨てに使ってるのかしら。最近ゴミ

   集積所のゴミが急に減っているのよ。」

  「明日の自治会の集まりで聞いてみるよ。」

 

 やはり丸い穴は他の場所でも空いていた。

集会場に集まった人からは。

  「あの穴は便利だね。うちの庭でゴミの処分ができるから不法

   投棄にならないから役所も黙っているよ。」

  「うちはマンションなので庭はないけど共有広場に空いた穴を

   使ってます。」

  「だけど危ないわ。穴に動物が落ちるのを見たけど板の蓋だと

   子供がいたずらで開けると危険だから自治会費でマンホール

   の蓋を買えないかしら。」

  「ゴミの分別がいらないから何でも捨てられて便利よね。」

  「処理費用が減ったのだから税金を減らしてくれるの。」

 

 丸い穴は生活に欠かせない穴になってきたがついに事件が発生し

た様です。

 それは庭でなく屋根を突き抜けて透明パイプが出現したのです。

そのパイプの直径は20センチで、庭に空いた穴と同じものです。

屋根と天井を貫き、床から土台を抜けているようです。
屋根とパイプの隙間がないのか雨が漏ることはありません。

ただ透明なパイプは家の中にあって邪魔です。

パイプはノコギリで切ることもドリルで開けることもできません。

仕方なく、家具をパイプの周りに置いて生活しています。

 

 しかし恐ろしいことに発展するのではないでしょうか。

透明パイプが貫いた場所に、もし人がいたら即死です。

パイプは一般家庭からビル街も、どこでも出現してきました。

 

 ついに歩道を歩いていた人にパイプが襲ってくる事件です。

パイプは頭から入って尻に抜けて、頭部と胴体は消えています。

パイプの周辺は血の海になり、両腕と両足が散らばっています。

 右肩から右足に抜けた人は右の肩と足は無くなりましたが命は

助かった模様です。

 目撃者が偶然にその瞬間を撮影した画像はモザイク処理されて

放映されました。

 

 数百人の犠牲者が出ると政府はことの重大さに動き出しました。

専門家会議を開いてパイプの正体を探り対策案を出す手順です。 

過去に例がないので結論は出ないばかりか、パイプのサンプル

が取れないため、成分がどの様なものか知ることができません。

 分光計で調べた結果はこの地球上の物質でないこととパイプは

長い構造のプラスチック樹脂の様だと分かったくらいです。

 

 ノコギリで切れない物質で強力なレーザー光を当てたり各種の

溶剤を塗って反応を調べたりダイナマイトで破壊する試みをしたり、

いずれも失敗だったと報告されました。

 天文学者からは遠い上空から降ってくるとだけの発言です。

また宇宙人存在論者から、別の天体から地球を狙ったものだとか

自身たっぷりに論じられました。

 洞窟探検家は会議に出席したが、

  「私は横穴を探検する者ですので。」と席を外してしました。

専門家会議は長い期間と膨大な予算を使い何も得なかったようです。

 いつもの様に外国の対応事例が出てからと役人たちは待ちの姿勢

になり海外の報告はどれも日本と同じだと判ったようです。

 

 さらに犠牲者は増え続いていたが、あることに気がついた人が

マスコミに取り上げ出しました。

 

  はじめに庭に丸い穴ができた人からでそれはパイプが鉄を避けて

落ちているとのことです。

 偶然にその人の家に3本目のパイプが襲って以前に屋根を貫いた

パイプとの距離を測ると、30センチだったので床下を調べると

30センチ間隔の鉄筋がマス目に入っているベタ基礎の真ん中を貫

いていることが判りました。

 気掛かりになり、他の家やビルの状態を調べると全て鉄筋を避け

ていると確信しました。

 確かに自動車の中でパイプの攻撃に出会った事故は今の所ない様

です。もし鉄以外のものですとパイプが貫通する可能性が高くなり

ます。とどのテレビ局も取り上げ始めてます。

 

 この報道を受けた政府から前例にない緊急の通達が出ました。

アルミでできている飛行機と電車やバスなどの運行の停止です。

次に大型ビルに対しては鉄筋の詳細なデーターの提出と屋上部分に

鉄筋を敷くよう要請が出ました。

 

 しばらくして、一般国民に対する防護方法が示されました。

外出の際は金網を張った傘をさすこと、と屋根に金網を被せるるか、

寝る際に掛け布団の上に金網を被せる様にと要請が出ました。

国からは金網の購入資金を支給するとの通達まで出す予定でしたが、

 しかし官僚からまた自分たちの存在を表したい発言です。

  「屋根の材料がトタンかガルバニウム鋼鉄張の家は金網は不要

   です。これに大事な補助金を出す必要はないでしょう。」

  「補助金は有効活用のためです。なんでも補助金で解決したら

   キリがありません。」

  「後のために補助金を残すのが使命ではないのですか。」

と、大声でわめき散らし思うと通りの方向に舵を切らたせた結果、

各機関は全国の屋根材の現状を報告することになり、外部を活用

して調査をすることになり結果が出てからの補助金支給が遅れて

犠牲者だけが増加してしまいました。

 徐々に金網の防護効果は70%程度であるらしいと判ったが

市中では金網を買い求めるパニックが起きています。

 飛行機の対応は時間を要したが機内と翼下に軽量な金網をつけて

飛行許可が出ました。

 電車も車内に金網を張る対策で通常運行になりました。

 

 丸い穴の利点もあります。

役員会議の話題は丸い穴の活用だ。

 「廃液の処理費用は洗浄水と電気代でそれに24時間体制と設備

  維持費用が膨大です。」

と廃液処理部長が報告した。

 「それで君の提案はなんだね。」

新米の部長はかしこまって、

 「廃液をあの穴に入れてはいかがか。と思うのですが。」

偉そうに椅子にもたれた役員から

 「家でもゴミを穴に入れているようだが、まさか廃液とゴミと

  一緒に考えては、君まずいよ。」

今度は社長から

 「話はわかるが、うちの規模で穴を使って処分をしている例は 

  はあるのかね。」

 「いえ、まだありません。」

 

 穴の奥行きは地震波なので計測すると100km以上に達して

いるらしいです。

 それでいて地下からは水はおろか熱も出たという報告はありま

せん。

 丸い穴で産業廃棄物を処分する事例が増え出しました。

あらゆる産業で環境を破壊しないように莫大な費用を投じて処理

していたのがあの穴を利用でき生産コストは急激に下がりました。

 そこで慎重だった各電力会社は原子力発電で出る放射線廃棄物

の処理にあの穴を利用する検討に入りました。

 丸い穴は安定していて、激しい地殻変動でも今後数万年は変化

がないだろうと結論です。

 廃棄物処分を丸い穴に託することになりました。

 

 しかし、パイプの出現は田畑なら影響は限定的ですが、もし川

に丸い穴が出現して流れを吸い込んでしまったどうなるでしょう。

 またダムや貯水池だったら水は消えるのでしょうか。

もしも、海に現れたら・・・。

 

 


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by;colow.81