「こちらはサイ・カンパニーと申します。加藤正夫さんお宅でしょ
うか。」
知らない会社の秘書から、らしいが不審な電話ではなさそうだ。
「加藤ですが。」
「突然のお電話で恐縮ですが、社長の斎藤と変わります。」
「高校の頃同期だった斎藤だが覚えているか。上田くんから電話が
なかったかな。心配で君に電話したんだ。まさか一番仲の悪かっ
た君のところまで押しかけて行ったのかと思って。」
「上田くんなら先ほど帰ったところだよ。」
「遅かったか。もしかして君、彼にお金を貸さなかったか。」
「あまり可哀想な話だったので、何か俺にできることがないかと思
って金を貸したけど。それが何か。」
「そうか。当時みんなの仰がれの由紀子さんの話でなかったか。」
「そうだが、それが何か。」
「由紀子さんと結婚したが病弱で最近死んだという話だろ。それに
子供が二人いて、一人は心臓の病で死んで。2番目は交通事故で
轢き逃げされたとか。今は寂しい孤独な生活をしていて、働けな
いで生活に困っている。少しでいいから金を貸してくれとの話で
なかったか。」
「その通り。君のところでも同じ話をしたのか。」
「そうだよ。卒業名簿から次々に電話をして家まで押しかけて金を
借りる手口で来たんだ。」
「彼が詐欺行為をしているのはどうして気がついたのか教えてくれ
ないか。」
「簡単さ。噂の由紀子さんと結婚したのは私だったんだ。家に押し
かけてきて先ほどの話をしてたよ。すぐに嘘と気がついたのさ。
それは家内が茶を出した時に結婚話の由紀子だったからね。驚い
ただろうな。辻褄が合わなくなり、そそくさと退散したよ。」
俺は騙されたのか。あの金は株で儲けたものだからあぶく銭だけど悔しいな。今度来たら金を返してもらってとっちめないと気が済まないや。
としばらくはあの金があればなあと思い出して自分の不甲斐なさに
嫌気が刺した。
電話をくれた斎藤の事が気になり、サイ・カンパニーをネット検索すると驚く内容だった。
彼が立ち上げた会社で一部上場して、年商数百億円だ。学生時代からそつのない人物だと思っていたがすごい出世をしたものだ。
俺のような万年ヒラでお人好しとは違うな。
貸した金は戻らないものと半分は諦めていた。
そして5年経過したある日のこと、詐欺師の山田からの電話だった。
「あの折は助かったよ。いそぎで悪いが明日行っていいか。」
もしかして金を返しに来るのではと期待した。
翌日の朝、彼は来たが5年前より老け込んで目だけが鋭くなり薄汚い服装だ。
そして彼の口からとんでもない言葉が発せられた。
「あの時に君が金を出したから、俺はまた苦しい生活をしているん
だ。」
何言ってるのだコイツは。と腹がたった。
「なにい君が苦しいからって言ったので金を貸したんだぜ。」
俺の怒りを察してか穏やかに話し出した。
「君とは学生時代は仲が悪かったよ。だから君にお願いする気は初
めからなかったよ。それまでは同級生を訪ねたが誰も相手にして
くれなかった。食べる金がなくなり最後に君を訪ねたんだ。まさ
か俺の話を聞いて金を出すとは思ってもいなかったんだ。」
またうまいことを言っている。
「また金をせびりに来たんか。」
「それもあるが、話を聞いてくれないか。あの時君からお金をもら
い今度こそ生活をやり直そうと思ったけど、金が入ると楽な生活
をしてまた苦しい生活に戻ってしまった。このままではまずいと
考えたが食えないから泥棒したりして幾度も警察の世話になっ
たのさ。」
「冗談じゃあない。すぐに帰ってくれ。警察を呼ぶよ。」
「それなら警察を呼んでくれないか。この歳になると仕事はできな
いし、前科者だし、刑務所に戻りたいんだ。」
「また君の話を信じてしまいそうだ。君の詐欺は凶悪犯でなさそう
だからすぐに出所してしまうな。まさか今度は殺人をして無期懲
役を狙っているのか。俺を殺す気か。」
山田の目に光が戻った。