第05話 疑似体験


夕食の時のこと。
  「今日学校で面白いことをやったよ。」
  「なんなの教えて。」
  「高齢者の気持ちがわかる装置を付けて動くんだ。」

  「父さんの実家に爺ちゃんと婆ちゃんがいるじょない、装置を

   つけると爺ちゃんに早変わりするのかなあ。」

  「ヤアダ。頭が禿げる装置をつけたの。それはすごい。」
アッハハとみんなが笑い出した。
  「違うよ、黄色のメガネをつけたりするんだ。」

  「サングラスと違うのか。」

  「あれは紫外線から目を守るメガネでしょ。長いこと紫外線が

   当たると目が濁ってきて、黄色くボケて見えてくるんだって。

   その気持ちを体験したんだ。」

  「へえ、この間、婆ちゃんは白内障の手術をして、よく見える

   ようになったって言ってたな。

   黄色に見えたのかなあ。今度帰った時に聞いてみよう。」

  「それと重たいリックを背負って歩いたんだ。階段を登るのが

   きつかったよ。」

  「そうかも。爺ちゃんが家に来た時に手すり掴まるって登って

   いたわよ。そろそろ爺ちゃんも年寄りになったのかしら。」

  「前から立派な年寄りだから、大切にしよう。」

  「だけどこの間キャンプに行った時、重い荷物を背負って

   スタスタ歩いていたよ。」

  「階段が怖いんだ。」

  「そうだね平家に住んでいるからだろうな。まだ年寄りに

   しないでおこうか。」

  「それより父さんが早く年寄りになるんじゃない。最近は家

   で仕事しているので通勤がなくなって歩かないでしょう。」

  「動かないと足の筋肉が衰えるって先生が言ってたよ。」

  「爺ちゃんと婆ちゃんは昔から山に登ったらしいし、この間は

   旧街道を踏破したって言ってたから、まだ年寄りにならない

   かもね。」

疑似体験の話は続いた。

  「あとはなんだっけかな。足と腕の重りをつけて歩きにく

   いけどランドセルで鍛えているからへチャラだったよ。」

  「高齢になると関節が動きにくくなるらしいよ。その体験を

   したんだな。」

  「爺ちゃんは体の痛いところが増えたって言ってたけど。

   そんな体験があった。」

  「なかったよ。先生の話だけど体の関節がすり減って痛みが

   出てくるらしいって。治らないのかな。」

  「痛みの体験があったら怖いよな。」

ふと考えた。

  「高齢者の疑似体験よりも若者の疑似体験ができるのが

   あったらいいだろうな。」

  「若者が高齢者体験して高齢者の気持ちになれるのなら

   高齢者に若い頃を思い出せる疑似体験があるかしら。」

  「僕が使ったら赤ちゃんになるのかな。」
(アハッハ)
  「若者疑似体験があるんじゃない。」

  「遊園地がそうかもしれないけど、力が戻って痛みが消える

   体験できるといいのだが、探してみようか。」

ススマホで見つけた。
  「あるけど、これをお歳暮で送ってみようかしら。」
  「爺ちゃん婆ちゃんが喜んで使うかな。」

  「俺はまだ若者だから試してもわからなあ。」

 

 若者疑似体験は特殊な下着で筋肉の動きを助け、関節を開いて

くれるものだった。

 高齢者の疑似体験は重りをつけて、体に負担をかける物なので

その逆の発想なのか。

 早速、詳しい資料を取り寄せた。
  *これは70歳以上の健康な方向きです。
  *現在治療中または重度の障害がある方は利用できません。
  *疑似体験は8時間です。
  *習慣性がありますので厳重な管理のもとでお使いください。
  *一年に一回の限定体験になります。お気を付けください。

 体験セットの大きさは暑さが5センチほどの雑誌の付録サイズ

です。

 

  「今年のお歳暮は食べ物ではないらしいいよ。」

  「軽いからなんでしょうね。開けてくださいな。」
 箱から肌色の上下の下着とアルミパックのサプリだった。
疑似体験用の下着は体験後も普通に使えそうだ。
注意書きもあります。

  「すぐ使うと寝ている間に期限が切れるから明日にしない。」

  「そうだな。昔に行った山で若返るか試してみようか。」

  「明日は天気も大丈夫だしあの山なら6時間ぐらいで帰って

   こられたからな。」

  「まだ山の道具は残っているだろう。」

 

 いつもより早く目覚めて、しまいこんだ山用の靴を出したり、

派手な登山ジャケットを探した。

 お歳暮の疑似体験の下着は特殊なバネを織り込んでいて着る

のに手間取ってしまった。

 何だか体が軽くなったようだ。
それとサプリだ。サプリのアルミケースに注意書きがあった。

  *疑似体験で体が軽く動きますが内臓に負担がかかります。

   忘れないでサプリを服用してください。

  *下着をつけたらすぐにこのサプリを噛み砕いてください。

  *体に異常を感じたらすぐにこの説明書を持って近くの病院

   で処置してください。

サプリは薬品でないから危険は少ないだろう。と口に入れた。

酸っぱいレモンの味がした。

 

久しぶりの山だ。車にはもしもの時に役立つストックを積んだ。

山靴を履くときの折りたたみ椅子入れた。

 昼飯はコンビニでいなり寿司とシャケのおにぎりを買いペット

の飲みものは2本づつ調達した。

準備よし。

 通いなれた山への道、沿線の景色は変わらないようだが、

あたらしく家ができたり、消えたコンビニもあった。

 山が近づいた。山登りの準備なのかアドレナリンが分泌し

始めたのか、足が暖かく感じて来た。久しぶりの心地いい感覚だ。

 山麓の駐車場は数台の車があった。

折りたたみ椅子を取り出し登山靴を履くと、登るぞ。と気分は

高揚して来た。

 ザックには厚手の上着とセーターまで詰め込み山頂でいつもの

コーヒーを沸かして飲みたい。

 バーナーとやかんとコーヒーカップの他にミネラルウォーター

までザックに入っている。

 たっぷり膨らんだザックは軽い。疑似体験のお陰なのか。

出発だ。頂上まで2時間のコース、昔は半分の時間で登った山だ。

 

 いよいよ上り坂になったが平地を歩いているようだ。木が茂り

下草に覆われた登山路なのになんだこれは。

 小さな岩場にでた。短い鎖場だ。落下防止に鎖をつまんでする

すると登れた。

 地図で場所を確かめるとコースの半分は来ていた。30分しか

経過していない。このペースなら半分の時間で到着するぞ。

疑似体験中のことはすっかり忘れていた。

 頂上でコーヒーを味わい。景色を堪能したり日当たりで昼寝を

を楽しんだ。

 

 そろそろ下らないと有効時間の8時間が切れてしまう。

急な下り坂に備えてストックを準備した。

 山は登りよりも山下りは難い足元は見えないし、足が疲れると

足を取られ転倒したら力が入らないで尻餅を着いてしまう。

崖から転落する危険もある。

 ストックは転倒を防止できる優れもので、体を支えてくれて、

上りの時は足の補助をしてくれる。

さあ下りだ。

 急いで降っても足がついてくる。膝のガクガク感もない。駆け

て下りができるぞ。

 

よし、これなら沢の駈け下りができそうだ。

 邪魔になったストックをザックに詰めた。

沢に降りて滑らない岩を見つけては足を運び、次の岩に飛びつく

楽しい下りが続いた。

 わずな時間で駐車場に到着してしまった。

 

 汗がすごい。ズボンまで濡れている。腕を舐めるとちょうど

いい塩味だ。

早く帰って、シャワーを浴びたい。

 シャワーで汗を流すと一気に疲れがやって来た。忘れていた

心地いいこの感じだ。

 
夕飯までの時間ちょっと昼寝でもしよう。

二人共寝てしまった。

 

 スーと目が覚めた。
まだ下着はつけている。
 山から帰ってシャワーを浴びた時に脱いだはずだ。
 
若者疑似体験は終わっていた。

 

 

 

 



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by;colow.81