第23話 山麓の宿


 山麓の宿は登山客専用で山小屋風の外観と、ジビエを使った素朴な料理、それと自慢の温泉で人気の宿です。

 夕食後もビールを飲みあっていたり、地図を広げてコースを検討しているグループもいます。

 黙っていたスーツ姿の男が部屋に戻っていった。

 「彼も山登りするのですかね。」

 「以前にもいましたよ。はやりのトレランする人ではないですか。

  登山屋と違った体力の持ち主で山を駆け登り、駆け降ったりして

  ますねえ。」

 「あれはすごい足音がしたかと気がつくとあった言う間に追い越さ

  れましたよ。途中で滑ってもすぐに起き上がる芸当は登山屋は無

  理ですね。」

 「重たい登山靴でなくて軽そうな靴でした。あれなら私もできそう

  ですがね。」

 「無理無理、若くないとできないですよ。」

 そこにオーナーの名物オヤジが登場した。

顔なじみの客から

 「オヤジさん、今日も元気ですね。」

 「あー。ありがとう。」

 「オヤジさん。今日もお話を聞かせてくれますか。」

 この宿を作る前は名案内人で山の隅々まで知っていて、登山路の整備や若い頃は遭難者の救助もしていた。

 「久しぶりだが、忘れた部分もあるが聞いてくれっか。」

 

  「今ほど登山は流行りでない頃のことだ。下山した人からの通報

  で、前を降りていた人が登山路から沢側に滑落したとあった。

  すぐに何人か集めて現場に急行した。1時間ほど登った所で、今

  までに何回か事故が起きている場所だ。

  そこは沢崩れが頻繁に起きる場所でガラガラと崩れやすい岩がむ

  き出し、そこを横切る登山路は危険で縄を張り整備した所だ。

  うっかりして道を踏み外すと数十メートルは落ちてしまう危険な

  箇所だった。」

 「滑落した人は助かったのですか。」

 「途中の木の枝に捕まってたよ。救助には手間取ったと思うよ。」

 「最近はこの場所では事故がないな。当時は連絡手段がなくて登山

  者の通報だけが頼りだったなあ。」

話は続いた。

 「今はスマホから通報があると山岳救助ヘリが助けに行くのと違っ

  て、我々案内人仲間とか近所の人を集めて助けに行った。

  現場に着くまでの時間がかかり、助けらない場合があったよ。

  一番辛いのは遭難者が死んだ時だね。検死が済むまでそのままに

  した時などは悲しかったなあ。

  墜落の死体はやだったよ。頭は割れてるし、骨が砕けて手足の向

  きはグチャグチャになるんだね。

  この遺体を麓に下ろすのは辛いし悲しかった。早く遺族に合わせ

  たいと頑張るんだ。怖さは全くなかったよ。

  現場に持ち込んだ木やむしろで遺体をくるんで持ち帰るけど遭難

  場所の足場が悪い所だと命がけになるさ。

  もちろん親族がいない場所だと、遺体を縄でぐるぐる巻きにして

  谷に転がり落とすのさ。下手をすると自分が墜落してしまうさ。

  もっともいやな記憶は頭が割れた事故で出血死した遺体を背負っ

  て降りたときだ。血や脳髄がまだ出ているので首に流れたりする

  んだ。あの感触は思い出してもやだったね。」

聞いてた人たちは話に吸い込まれ、首を手で拭った人がいた。

 「今日の話は昔の遺体下ろし、別名おろく下ろしについただった

  が、皆さんは事故にあわないよに慎重に行動してください。

  スマホがあるからとか、ヘリが助けてくれるからと気楽に登山す

  る人がいます。山での事故はどんなに慎重に行動しても防げない

  場合があります。山に登るときは登山届けを必ず書くようにして

  ください。

  今日は高齢者はいないけど、昔登れたからと来る人が増えたね。

  足腰が弱っているのに過信しすぎているね。

  それと行方不明にならないようにしてください。遺体がないと失

  踪者として扱われると遺族に迷惑がかかりますよ。

  今日の話はここまで、では皆さん温泉に浸かって、おやすみくだ

  さい。」

名物オヤジの暗い話は終わった。

 

 「あー怖かった。寒くなったからお風呂に行きましょう。」

 「そうねえ。今なら空いてそうね。」

 「君たちは明日山に登るんか。」

 「いいえ、私たちは野風呂を見つけているんです。この近くにある

  と聞いたので行ってきます。」

 「へー露天風呂でなくて山奥に出ている温泉を探して入るのか。」

 「そうです。自然の中の温泉て素敵ですよ。」

 「危なくないのかな、クマがいるかもしれない場所だろう。」

 「私たちおしゃべりだから大丈夫ですよ。」

 「水着で入るのかな。」

 「もちろん裸で。誰もいない場所だから気になりませんよ。」

 「ほー明日付いて行こうか。」

 「あどうぞお見せするほど肉体美でないのでがっかりしますよ。」

と、二人の女性は風呂に向かった。

 

残された男どもは気の抜けたビールを飲んで話し始めた。

 「すいません。熱燗ください。それとお摘みもお願いします。」

 「俺は焼酎のお湯割で。」

山登りの自慢話は続いていた。

若い登山客が。

 「皆さん方はたくさんの山に行かれているようですが。山のトイレ

  の話を聞きたいのですが。」

 「昔の便所は臭かったな。目がチカチカする便所があったよ。

  けど、懐かしい匂いだったかもね。」

 「今はバイオトイレとかで匂いはしないがつまらないですか。」

 「昔の富士山では使用済みのトイレットペーパーが風に舞って花び

  らのようだと聞いていますが、本当ですか。」

 「本当だよ。それよりもすごかった便所があったな。もちろん

  ポットン便所で便器の下は崖だったな。風が強いと紙が吹き上が

  ってくるんだ。風が止む時を狙うタイミングだね。」

 「床が落ち込んだ所があったね。片手で扉を抑えて、もう片方で体

  を抑えていないと墜落間違いなしの便所だったなあ。」

 「アブや蛾とかと仲良くできる場所だよ。懐かしいなあ。」

 

 「そろそろ風呂に行きませんか。まだ女性陣が入っているかもしれ

  ませんね。」

薄暗い階段を降りると風呂場だ。

 脱衣所は木の棚があって先客の浴衣が綺麗に折りたたんであった。

風呂場から女性の声がしていた。

 重たい引き戸を開けると風呂場だ。暗い電灯がついていた。木製の湯船から溢れたお湯が床に流れていた。二人の姿があった。

 「おう、まだいたか。入っていいか。」

 「どうぞ。いいですよ。少し温めだけどいい温泉ですよ。」

 「おや、肉体美だな。」

 「隠さないんですか。」

 「そうよ。珍しいものがついてたら隠すけど誰も同じだからね。」

 「そうだな。おっぱいが3個ついていたら俺は是非拝みたいな。」

女性陣からは。

 「保健所が混浴の規制をしてからつまんなくならない。それでも全

  国に50件ほど混浴できるお風呂があるらしいですね。」

 「何を規制したんだろうね。男はみんな狼説があるのかなあ。」

女性陣は風呂に入りすぎて勢いづいたのか。

 「ついているもので差別するなんて変ね。脱衣所は別で中が混浴な

  んてそれも変でしょう。脱いでる姿は卑猥かしら。」

 「タオルを巻き付けたり、湯浴み着を着て入るなんてバカみたいで

  しょう。あれじゃあ温泉を味わえないでしょう。」

 「男ってそんなに見たいの。じゃあ見せるね。」

 さすが野風呂のベテラン女子二人だ。

 スッポンポンで湯船の淵に腰掛けた。

 男どもから大拍手だ。



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by;colow.81