第04 話 カーナビ


 ある日のことだった。
ふと、美味しい栗羊羹が食べたくなった。もう秋なんだ。

隣町の和菓子屋さんが季節限定で販売しているはずだ。急いで買わ

ないと品切れになってしまう。

 
  「おーい、母ちゃん、栗羊羹を買いに出かけるからな。」

  「そう、私も丁度食べたかったの、私の分もお願いね。だけど

   じきに日が暮れるわよ。」

  「まだ明るいし、大丈夫だよ。」

 車で行けば直ぐそこですが今日は天気が良かったのでたまには

自転車で行くことにしました。

  「じゃあ行ってくるからね。」

  「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 

 いつもは車で出かけるのでナビにお店の名前をセットするだけ

で車を案内してくれる。

 だが新しい道が最近開通したがまだナビの画面にないと知って

いた自転車なら走れるだろう。

 爽やかな風を受けて、久しぶりのサイクリング気分だ。

 

 シャッター通り商店街を行き交差点に近づくとどこからか声が

した。

  『ここを右です。』
 聞き慣れたナビの声だ。気にもしないで、本能的に右折した。

 あの声は高飛車で素っ気のないものだ。母ちゃんが隣で優しく

案内してた昔を思い出した。

 ふと、今は自転車に乗っていて、車で無い事に気がついた。

移動するときはナビの声に従って運転しているので、景色が動く

と自然に曲がる癖になったいるのかな。

  『ここを左です。』
また声が聞こえた。
はっきり聞こえる。
 新しい道路は直進した先だから、声を無視して進んだ。

ところが交差点になると

 『ここを右です。』

とナビは正確に元の道に戻す案内を開始し出した。少しでも案内

の道を逸れると右折を繰り返して元の道に出てしまう仕組みだ。

 こんな時は「煩いぞ、俺の行きたい道を走るんだ。」とナビに

独り言をつぶやくのだ。

 

 頭の中でしていたナビの声はぷつりと途絶えた。
できたての道路は走りやすく、自転車も走れる広い歩道もある。
 
  「今帰ったよ。買って来たからね。」
  「遅かったじゃない。」
  「新しい道を走ったんだ。広くて立派な道だったよ。」
自転車で行ったことと、不思議なナビの声は内緒にした。
  「ナビを交換しないとダメかなあ。地図が古くなったよ。」
  「やめて、地図でなくて車を買え替えたいんでしょう。」
バレていたか。

  「道のできるたびにナビを新しくしてたらきりがないわよ。

   あのままでも使えるから。」

  「新しい道は車の表示が田んぼの中を走るだけだなあ。

   スマホを使えばいいか。」

  「今にすごい機能のナビが出たら買い替えましょうよ。」

 

新しい機能は音声応答システムが組み込まれた。
ナビを起動すると。
  『今日はどちらまでご案内しますか。』
  「近く和菓子屋に案内してくれ。」
  『近くに3件の和菓子屋があります。どちらにしますか。』
お店の名前を言うと、直ぐにガイド画面に切り替わった。
快適な道を走っていると。
  『そんなに飛ばすと危ないですよ。』
  「わかった、悪かったね。」
  『どうたしまして。』

 実に便利だが長距離になるとうるさいし、知ってる所になると

ナビを切りたい。

  「ナビさん、ご苦労様でした。」
この一声で動作は止まらない。

  『案内を止めますが。道を間違っても知りませんよ。』

 

 音声応答ナビにオプションガイドが用意された。
パスワードで好みの案内ができる。

 試しに色気のある女性にセットした。ナビ子ちゃんだった。

すると。
  『待ってたわ。今日は一人。どこに連れってくれるかしら。』
スピードが上がると。
  『バカね。そんなに飛ばして何する気。』
駐車すると。
  『ここで待ってるわ。浮気しないでね。』

運転中はずーとナビ子ちゃんと楽しく話し続けてしまいそうだ。

 

 屈強な男を選んでみた。ナビ蔵だ。居眠り運転をしたら画面から

飛び出て絶対殴られる。

 どんな応答なのか近所をドライブしにエンジンをかけると。
  『オス。どこに行くんだ。間違ったら承知しねえぞ。』
ドスの効いた声だ。
  『この先にサツがいるから飛ばすんじゃあねえぞ。』
  「はい、気をつけます。」と震える声で答えてしまった。
近くのコンビニに立ち寄り、エンジンを切ると、途端に。
  『オウ、てめえどこに行くんだ。』


⬆︎ HOME                 UP 04 ⤴︎

                     NEXT 05 ▶︎

by;colow.81