第28話  巨樹の影へ


登山計画)

登山好きの3人が次にどこの山を攻めるか話し合っていた。

「ヒイちゃんはどこが良い。」

「山ならどこでも良いわ。みんなと登ると楽しいもん。」

「ヨーちゃんは。鎖場がある山に登りたいな。と言っていたけどどうする。」

「そうだなあ、今までは低い山ばかりなので飽きたかな。」

ヨーちゃんは初心者が登るような低山歩きを卒業したかった。

「本格的な岩登りは道具もないし登山の技術を学ばないと危険だな。」

「コッちゃんは何かいい候補地がある。」

 「今まで事故もなく登れたからこれからも同じ程度の山で良いと思うよ。」

「岩登りは別として、鎖場とか鉄梯子のある山ならいくらでもありそうだな。」

ガイドブックを広げて候補の山を探した。

「近くだと(妙義山)があるけど、鎖の連続になるらしいよ、どうだろう。」

ヒイちゃんとコッちゃんの顔色を伺い。

「八ヶ岳なら3千メートルに近いから鎖とか梯子はあると聞いたよ。」

「朝早く車で出て、その日に山小屋で一泊して翌日尾根を縦走してはどうかなあ。」

「二週間後に行こう。」

出発の前日にヨーちゃんからのメールだ

『急だけど明日の山行きは参加できなくなった。申し訳ないがまた今度』との連絡だ。

 ヒイちゃんにも同じメールが届いていた。

ヒイちゃんはすぐにコッちゃんに電話した。

「ねえ、どうする八ヶ岳にゆく準備はできているけど、2人で小屋泊りははずかしいね。」

 ついにヒイちゃんと二人だけになるチャンスだとドキドキした。

「中止にしないで、日帰りの山にしようか。」

「じゃあ、割符山にしない。あそこなら簡単そうね。」

 

(二人だけの登山)

いつも3人で山登りをしているのが、今日は二人だけに。

「今日はよろしくなあ。ヨーちゃんどうしたんだろうな。」

「二人だけでの山って、はじめてね。」

いつものヒイちゃんと様子が違う。

汗臭く、泥だけだった登山着がスッキリした山ガールに変身していた。口紅を塗っている。日焼け止めなのか色白に見える。

「ヒイちゃんどうしたんだい。」

「八ヶ岳に行くから新調したけど損しちゃった。」

なんとなく気まずい感じが流れて、会話もなくて、ただ山を登るだけになった。

 前を登るヒイちゃんの後姿が気になった。甘い香りが漂ってきた。

ヒイちゃんが女らしく感じた。

 森の中だ。登って来た道を振り替えても周りに誰もいない。

ヒイちゃんを抱きしめたくなった。

 

 低い山だからと登山開始時刻がいつもより遅かったので、日が暮れる頃に降り始めた。

登る時には気が付かなかったが、道の真ん中に大木があった。

「里に出られる近道かもしれない。」と

 

ヒイちゃんが降り道を見つけて急いで下って行った。

道が急になり始めた。谷に出る道だ。

ここまま下ると危険だ、暗くなった沢を歩くことになりそうだ。

「おーい、ヒイちゃん戻ろう。」と大声で呼び戻したが返事がない。

「ヒイちゃん。」「ヒイちゃん。」と叫んだ。

その時、叫び声のような声がして「ドッス。」と嫌な音が谷から聞こえて来た。

とっさにヒイちゃんが沢に落ちたと感じた。

谷まで降りて助けたいがあたりは暗くなり、危険な状態だ。

  大木があった場所までやっとの事で引き返し、里に降りて滑落のことを通報した。

 翌日、里の人達で捜索してくれたが、ヒイちゃんは無残な姿になっていた。

 

また遺体発見か)

 登山口の掲示板に。数日前に行方不明になったと書かれた顔写真と連絡先が貼ってありました。

「行方不明者の家族は心配しているだろうな。俺の特殊能力が役立つ

 かもしれない。見つけてやろうか。」

「もうやめてくださいな.父さんは特殊能力者でないですよ。偶然に

 見つけたのでしょう。」

 そう話しながらであったが、今日も変な空気を感じていて気にかかり出した。

 

 幾度も登っている山なので、今日は別の道を下ることにして、巨木に遮られている場所から脇道に入った。地図で確認すると途中から崖に出て谷に下れる道だ。ダメなら引き返すと決めているし、まだ時間があるので沢を下れば里に出られる。

 この時から誰かに引き込まれている感覚が襲って来ました。

 

 急坂の途中に人が倒れている。

疲れて休んでいるのだろうか。

 恐る恐る近づいた。

登山者ではなさそうだ。

 サラリーマン姿だ。

 ワイシャツにスーツ姿だ。

 

 急いで降ったのなら木の根か道の小石に躓いで前向きに転がり顔を地面にぶつけるはずだが。顔が上を向いている。体も上向きだ。

「また遺体に出会うなんて、これで何人目かしら。」

「4人目かな、登山口に捜索願の看板とは違う人のようだよ。」

「今度も警察に知らせるでしょうから、遺体の写真をスマホで撮り

 ません。」

「そうだな、電波が届けば知らせられるけど、ここではだめだな。」

 遺体に合掌して撮影し、その周辺を何枚か写して麓に降り、スマホが使える場所に出てすぐに警察に電話をしました。

「もしもし、私は以前に首無し死体を通報した上野と申し上げます

 が、刑事の山田さんはいらっしゃいますか。」

「山田は去年配属が変わりまして、今は山間の町にいます。上野さん

 のお話は山田から聞いております、いつもご協力いただいている

 そうですが。どのようなことでしょうか。」

「それがまた遺体に出会った話です。

 今、車で家に帰る途中で詳しくお話しできません。できれば明日、

 警察署でお話ししますが、いかがですか。」

「それでは仕方がないですね。場所だけでも教えてくれますか。」

「えーと、今ナビを見ます。」路肩に止めて地図を確認しました。

「もしもし、お待たせしました。登った山は割符山で、そこの中間ぐ

 らいで発見しました。

「割符山ですか。山田はその近くの駐在所にいます。奇遇ですね。

 もしお時間があったら駐在所によって話をしてくれませんか。こち

 らから山田に上野さんのことを連絡しておきます。よろしければ

 山田に報告してください。」

 

「ここから駐在所までだと10分くらいで行けます。ではよろしく

 お願いします。」

 

(駐在所で)

 街に入った。交差点の角、玄関先にパトカー止めた駐在所です。

「ごめんください。上野と申します。山田さんはいらっしゃい

 ますか。」

 見慣れた顔が出迎えてくれた。

「お待ちしていました。その節はご迷惑をおかけしました。本署から

 連絡がありましたが、事件ですか。」

「割符山で遭難者と思われる遺体がありまして、通報にきました。」

「割符山は低い山ですがたびたび遭難があるようですね。」

「発見場所ですが登山道の中央に大木がある分岐点から谷川側に

 下ったところです。その道は今までに幾度か遭難が出ている迷い

 道で、注意書きの案内板があるのですが慌てている登山者は山麓に

 出られる道と思って下ってしまうようです。

 大木があるところから20メートルほど行くと急な下りになって、

 さらに道は狭くなり崖に出てしまいます。その崖の手前で見つけま

 した。」

「遭難者だとなんで気づかれました。」

「あれは変ですよ。頭が下で足が上ですよ、それに顔が上向きで

 シャツにスーツを着ていました。下り坂で躓いた場合はほとんど

 手を前にして倒れてうつぶせか横向きになります。柔道の心得が

 あれば別ですがね。」

「呼吸か脈を確かめましたか。」

「いいえ、胸の部分が動いていませんでしたので間違いなく死んだ姿

 です。」

「上野さんの経験ですから信じます。」

 

「ああ、忘れていました。話だけだと信じてもらえないと思って、

 スマホで現場写真を写しました。山田さんのスマホに送ります。

 あそこからはスマホが通じなかったので。」

奥さんがお茶を持って出てきました。

「いつも上野さんの不思議なお話を聞いています。それよりお父さん

 大変よ。これから強い雨が降るらしいので準備しないと。」

「これから遭難現場に行くのは危険です。私たちはすぐにお邪魔し

 ます。これ以上通報することはありません。何かお手伝いすること

 がありましたら、電話ください。では失礼します。」

 

 途中から雨は激しくなり、テレビからは線状降水帯が発生して危険な状態が数日続くことになりました。

「なあ、この雨じゃあ遭難者は谷に流されて、身元の発見はかなり

 難航しそうだな。」

 

「今度も一般道を行かないで小道に入るから変死体に迎えられていく

 みたいで。もう嫌ですよ。」

 

(豪雨で流される)

 豪雨の被害は数カ所で小さな崖崩れが出た程度で山麓の生活に影響はなかった。

 雨の危険がなくなりやっと上野さんの通報を確かめに割符山に出かけることになりました。

「山田警部、この大木が目印でしたね。」

「潅木が茂っていてここからは下る道が見つからないなあ。」

大木の幹を巡ると下りの小道が見つかりました。

「山を下ってくるとこの道が見つかって、木の向こう側に正しい道が

 あるのに見えない場所だね。これでは間違うな。」

「パワースポットですね。」

「またか、よしてくれよ。」

 

 上野さんの話にあった下りの道を進んだ。

スマホに写っていた周囲の景色を参考にした。

「警部、この付近ですが何もないですよ。」

「あれだけの雨だと遺体は流されたのかなあ。下の方に引っかかって

 いないだろうか。」

部下が崖の近まで下って探しました。

「警部、何もありませんでしたが、少し変ですね。体重が60キロ程

 度の大人が雨で流されるのですかね。崖まではすこし平らな場所も

 あり、道に草が生えているので途中で止まっていてもいいかと思い

 ますが。」

「そうだな、雨水に浮く状態なら流れると思うが、ここは急な坂だか

 らな。明日人を集めで沢を捜索してみようか。」

頭の部分が発見されたのは数キロ先の滝壺だった。

あの雨で流された頭は川底の岩に削られて原型を留めていなかった。

 胴体部分は数日間かけて探したが見つからない。

さらに下流の河原の木の枝にシャツとズボンがぶら下がっていた。

 スーツは間もなく発見された。

 

胴体の行方は不明のままだ。

 

(写真に頼る)

 上野さんが提出したスマホの写真がディスプレーに映された。

沢から見つかったクリーニングタグがついたシャツ、スーツとズボンが机に並べてあり、見比べた。間違いなく遭難者のものだ。

遭難者の特定は上野さんの写真だけだ。

 

「山田警部、上野さん通報はこれだけですか。他に話はしていません

 でしたか。」

「死体だと気がついたのは、外見からで服が動いていないのでと話し

 ていました。呼吸や脈を調べたわけではないそうです。それに上野

 さんは幾度か遺体を見ているので間違いないと確信しました。」

「山田警部がシャツを見つけたのですか。」

「そうですが何か。」

「シャツのボタンが留めてありますね。シャツだけが流されていたの

 でしょうか。もしもシャツを着て流れていたら頭部と同様にボタン

 はちぎれているはずです。」

「写真のシャツと同じなのは、もともと胴体はなかったのではないで

 しょうか。」

「首の部分を拡大してください。首のあたりだけど、シャツから出ている喉の部分は木のように感じるけど皆さんどうですか。」

「できるだけズームアップしてください。」

「丸太のようですね。樹皮に見えます。」

「頭だけが本物で、他の胴体部は案山子なのかな。」

 

「近くにたくさんある落ち葉や草をシャツに詰めてスーツを着せたの

 かな。なぜそんな面倒なことをしたのだろう。」

 

(首なし事件)

同じ頃に都内某所のアパートから頭部のない死体が出た。

 鋭利な刃物で切り取られていた。切り口から容疑者は包丁などの刃物を使い慣れている者であると断定された。

 風呂場で解体したようだが、床や壁は綺麗に流されたていた。また一人暮らしであったのか、所持品は少なく、登山が趣味なのか使い込んだ登山靴と登山用品があった。

 室内に争った跡が見受けられた。

友人関係からB氏の犯行ではないかと捜査が始まった。

 死亡推定日時は10日ほど前のようだ。

DNA鑑定の結果は滝壺から出た頭部とバラバラ死体は同一人でした。

 

この情報は山田警部にも知らされた。

 遭難者と同一人物だろうが、遭難者が撮影された日にちにズレがあるがなぜだろう。

 山で発見されたのが5日前で、バラバラ事件が10日前、5日間のズレに何が隠されているのだろうか。

 殺した日に頭部を冷凍庫に入れて保存して、アイスボックスに詰め替えて山に持ち込めば

腐敗しないままだ。

 よし、アイスボックスと背負って割符山に入った人を見かけたか聞き込みをしてみよう。」

 あの大雨の前日に登山した人を見つけ出すのは困難だ。

割符山の登山コースは2箇所で、登山口には数台の車をおける場所があり、その近くまでいずれもバスが走っている。

 山麓に住む若者も時々割符山に登ると聞いていた。手がかりになるのは彼らかもしれない。

 麓に住む若者は少ないのですぐに探し当てた。

彼は毎日、犬の散歩に割符山に出かける人で、アイスボックスをザックに結びつけた登山者を見かけたと話してくれた。

「山頂で冷えたビールを飲みたいのか、アイスボックスを担いでいる

 登山者が時折いるので不思議に思わなかったが、まだビールがうま

 い夏でないので気になりました。

 水色の小型のアイスボックスだったと思います。若い男性で装備か

 ら山慣れしているようです。

 もう一人いましたね。確か行方不明のポスターに出ていた人です。

 その人のアイスボックスはピンク色だった気がしますが、見つかっ

 たのですか。駐在さんは知っていませんか。」

「行方不明の届けはないですよ。その人の特徴とか記憶にあります

 か。ここに3人が写っている写真がありますが、その人が写ってい

 ますか。」

とスマホを見せた。バラバラ事件の部屋にあた写真だ。

「真ん中の人です。警察には行方不明の届けが出ていないの

 ですか。」

「最近はパソコンでポスターが作れるので面倒な届出がない場合が多

 いですね。年間に8万人以上の届出があるのですよ。」

「この人が何か事件でも起こしたのですか。」

「いや、まだわからない段階です。」

残されていた写真から彼らが通っていた学校が見つかり、3名の名前が判明した。

同級生だった。

3人の身元が解れば事件の全貌がつかめるだろう。

 

(捜査開始)

殺された被害者A氏の頭部が山で発見され、その友人と思われるB氏が容疑者でしかも同じ割符山で行方不明のままだ。

 では写真にある女性が何か関係しているのだろうか。

 

 B氏の勤め先は地元のスーパーで、鮮魚部門で働いていた。数日前にまた山登りに出かけるからと3日間の休暇届けを出していた。

「いつもの仲間で登ると嬉しそうに話していました。」

 B氏の学校の先輩が地元の山岳クラブの会長をしていた。

「メンバーが不足していたのでBくんを誘いました。昔からの登山

 仲間がいて計画が決まっていたそうでしたが、無理やり誘いま

 した。」

 

「登山中にB氏に変わったがことはありましたか。」

「スマホを幾度も気にしていました。登山中にスマホを見ると危険な

 のでうちのクラブではスマホは禁止しています。断った登山仲間が

 気になっていたのでしょう。」

「登山仲間に女性がいたことをご存知ですか。」

「ああ、Cさんですね。去年山で遭難したと聞いています。綺麗な人

 でした。」

 

A氏の勤め先を訪ねた。

Aさんは先日、山で遭難したことはご存知と思いますが最近、気になることはありましたか。」

「仕事は頑張る子でした。登山が趣味で、時々休暇を使っ友人と

 山登りを楽しんでいたようです。ふと物思いにふける姿がありまし

 たが、山を思い出していたのでしょう。残念なことをしました。」

Cさんという恋人がいたことをご存知ですか。」

 

「いいえ、山が友達で・・と聞いただけです。社内に恋人はいな

 かったです。」

 

 

 (未解決に)

山田警部、3人とも同じ割符山での事件ですかね。」

BさんがAさんを殺害したのはCさんの墜落死と関係がありそう

 かな。」

「関係者の全員が死亡しているので推測ですが、Cさんの墜落をA

 さんが通報しています。

 Bさんはその時は別の山に登っていてCさんの事故を知り、原因が

 Aさんにあると思い、Aさんの責任だと問い詰めるが、Bさんが寸前

 で他の山に行った結果だと責任逃れをするが、CさんをBさんも好

 きで争いになり、BAを殺害してしまいCの墜落現場に頭だけ置き

 に行ったと考えられます。」

Bさんは鮮魚を解体する仕事で頭を切り離すのは容易だったと考

 えられるが、なぜスーツ姿にして放置したのか説明がつかな

 いな。」

「本当は登山姿で現場に運びたかったが、死体を着替えさせるのに時

 間がかかりすぎるので、殺害現場にあったクリーニング店から受け

 取ったままのシャツやスーツとズボンを頭と一緒に持ち出したので

 はないですか。」

「上向きの状態でしかも体の部分を木の棒などで作ったのがわからな

 いなあ。」

 

容疑者は行方不明の事件でこれ以上の捜査は打ち切られた。

 あの大木の脇道に2本の杭が埋められて、鎖で道を遮り立入禁止の札が下げられた